依存の果ての日常2

本作はフィクションです。
登場する人物・団体・名称などは架空のもので、実在のものとは関係ありません。
作中の描写は物語上の演出であり、特定の行為を推奨する意図はありません。


バタン。
静まり返った暗いアパートの一室に、一人の男が帰ってきた。
一日中締め切っていた部屋の空気はこもっており、汗の染みついた男の体臭が、むわっと鼻をつく。

男は部屋に入るなり、薄汚れたカバンを床へ放り投げた。くたびれた座布団を枕代わりにして、そのまま背中から倒れ込む。
着古したシャツは襟が伸びきり、ジーンズはダメージ加工などではなく、ただ擦り切れているだけだった。
傍目には、どこにでもいる冴えない中年男。
けれど床に投げ出された自分の手を見て、本人はいつまで経っても慣れない嫌悪に眉をひそめる。

佐藤久美。
かつてその名で呼ばれていた頃、彼女は病院で働く看護師だった。
上司に信頼され、後輩に慕われ、整った顔立ちと豊満な身体つきは、入院患者たちの密かな憧れでもあった。

今はもう、そのどちらもない。
ある男と出会ってから、仕事も、名前も、身体も、何もかも奪われた。
男の身体になった日から、もう一年になる。
いまだに久美は、この身体が自分のものだと信じたくなかった。

自らの肉体から、目を逸らすように久美は目を閉じた。
まぶたの裏に浮かぶのは、今日のバイトでの光景だったーー


深夜から昼まで、コンビニで働く。それが今の久美の日常だった。
かつてはその容姿も相まって、病棟を歩いているだけで羨望の眼差しを浴びていた。
だが、冴えない中年男の身体になった今では、だれも見向きもしない。
せいぜい、タバコを求めて来たサラリーマンが声を掛けてくるくらいだ。そんな現実にも、もう慣れたはずだった。

深夜帯は二人体制。今夜の相方は、二十歳そこそこのフリーターの女だった。
茶色く染めた髪の先をいじりながら、眠たげな顔でスマホばかり見ている。

彼女と組むのは、今夜が初めてではない。
客が来れば対応はするものの、品出しも清掃も、ほとんど久美に押しつけていた。

男の肉体になっても、根っからの真面目さは変わっていなかった。
久美は息を吐き、レジでスマホをいじる彼女をスタッフルームへ呼び出した。

「あのね、仕事中でしょう? スマホはやめなさい」

「は?」

女は目を丸くしたあと、すぐに眉を吊り上げた。

「この時間、客なんてほとんど来ないじゃん。別によくない?」

「よくないわ。お給料をもらっている以上、やることはきちんとやるべきでしょう」

そう言った途端、彼女の顔があからさまに歪んだ。
舌打ちをしながら、久美を睨みつけてきた。

「前に一緒になった時から思ってたけどさ……
その喋り方、なに? 男のくせに女みたいで、マジきもいんだけど」

「っ……」

その一言に、思わず久美は言葉を失った。
その口調だけは、捨てられなかったからだ。

女だった頃から使ってきた、自分の口調だった。
名前も身体も奪われたあとでさえ、それだけは変えずにいた。
変えてしまえば、本当に佐藤久美がどこにもいなくなる気がしたからだ。

「……っ」

久美の言葉が詰まったのを見て、女ははっきり手応えを覚えたらしかった。
唇の端が、いやらしく吊り上がる。

「もしかして、女に興味ないの?」

次の瞬間、女は制服の胸元のボタンをひとつ外し、白い谷間をわずかにのぞかせたまま身を寄せてくる。
甘いシャンプーの匂い。そして、久しぶりに感じる女の柔らかい肉体。

「なにを……」

久美は顔をしかめた。かつては自分も持っていたものを見せつけられている。
目を逸らしたいのに、近すぎる胸元が視界に焼きつく。
こんな挑発に乗せられてはいけない。そう思うのに、身体の奥が勝手に熱くなっていた。

(あ……?!)

気づいたときにはもう遅かった。
ズボンの前が、はっきりわかるほど持ち上がっている。
久美は咄嗟に股間の膨らみを手で隠そうとした。

けれど遅かった。女の視線はもう、ズボンの膨らみに釘づけになっている。
口元が、にやりと歪んだ。

「なに? こんなんで勃つなんて……アンタ、いい歳して童貞なの?」

「ちが……」

そこまで言って、久美は言葉を失った。
過去に元の自分の身体や同僚たちを抱いている。だから、自分は童貞ではない――そう考えかけた。
だが、むきになって否定するほど、まるで男の見栄みたいだった。そんなものを、自分は持ちたくなかった。

しかし、その沈黙は、女には十分すぎる答えだったらしい。

「マジで? ダッサ。まあ、冴えないし、彼女とかできたことなさそう」

「……っ」

唇を噛む。羞恥で身体が震えた。
最近は、女とこんなふうに近い距離で向き合うことすらなかった。
だから、ただ近づかれただけで、身体が勝手に反応してしまう。

(私は……本当は、女なのに……)

それなのに若い女を前にしてうろたえ、露骨に股間を膨らませている。
まるで、女に慣れていない男そのものだった。
その事実がたまらなく惨めだった。

♪~♪~♪
「あ、もう上がりじゃん」

突然鳴った着信音に、久美ははっと顔を上げた。
どうやら女のスマホが、シフトの終わりを知らせたらしい。

「ムカついたけど、まあいいや」
女はまだ嘲るような笑みを消さない。
「おもろいもん見れたし。今日は特別に許してあげる」

そう言って、彼女は久美の横をすり抜けようとした。
注意する気も失せた久美は、黙って床を見つめていた。

だが女は、すれ違いざまにふと足を止めた。
ちらりとまだ膨らんでいる久美の股間を見て、口元をにやりと歪める。
次の瞬間、布越しにそこをすっと撫で上げた。

「――っ!」

急な感触に頭が真っ白になった。触れられた個所から腰の奥まで痺れるような感覚が突き抜ける。
たった一瞬、制服越しに触れられただけなのに、女の指先の感触がやけに鮮明で、全身が強張った。

「じゃーね、童貞のおっさん」

からかう声だけを残して、女は去っていく。
しかし、久美はそれどころではなかった。

(く……ん……なんてことをしてくれたの?!)

ズボンの前の膨らみは先ほどより膨張していた。
こんな状態では仕事どころではない。
今すぐこの欲望を吐き出そうと、久美はトイレへ向かいかけた。

チリン。チリン。

レジの呼び出しベルが、無情に鳴った。
煙草を買いに来た客がレジに立ち、さらに交代のバイトまで入ってくる。
結局、久美は発散することもできないまま、溜まった熱を持て余すしかなかった。


久美は目を開けると、ゆっくり身を起こした。
下腹の熱は、まだ鈍く居座っている。
そのまま引き寄せられるように部屋の奥へ向かい、何個もある段ボール箱の一つを開けた。

中にはDVDがぎっしり詰まっていた。部屋を掃除していた時にタンスの奥から、偶然見つけたものだ。
恐らく、この身体の元の持ち主が、長い時間をかけて買い集めたのだろう。
卑猥なタイトルが書かれた派手なパッケージが何枚も重なっているのを見ただけで、久美は顔をしかめた。

だがその表情とは裏腹に、慣れた手つきで一枚ごとに吟味していた。
その姿は、すっかり男そのものであった。
やがて箱の中から、ひとつを抜き取る。プレーヤーの位置も、ディスクの入れ方も、考えるより先に手が動いた。
この行為に慣れてしまった自分が気持ち悪かった。

やがてテレビの画面が明るくなる。
表示されたタイトルを見て、久美は息を呑んだ。

『生意気なバイト先の後輩と』

画面の中では、冴えない男が若い後輩の女にあからさまに見下されていた。
鼻で笑うような口調も、からかうような視線も、ついさっきまで店にいたあの女と妙に重なる。

久美は眉をひそめた。
女の自分が、こんなものを見ているなんて――そう思うのに、目を逸らせない。

やがて場面が変わる。
さっきまで男優を馬鹿にしていた女優が、押し倒され、声を漏らしはじめる。
その展開の下品さに嫌悪を覚えながらも、久美の脳裏には別の映像が勝手に重なった。

もし、あのとき。
コンビニのスタッフルームで、自分があの女を押し倒していたら。

女の身体だった頃には抱かなかったはずの想像に、久美はぞっとした。
しかし、そこまで考えただけで、ズボンの下にあるモノが硬くなっていく。

「はぁ……はぁ……」

久美は下着ごと履いていたジーンズをズリ下げた。
欲望を吐き出せていなかった久美のモノ――肉棒は痛いくらいに反り上がっていた。

画面の中では、後輩役の女優の服装が乱れ、下着が露になっていた。
あの時、自分が彼女のシャツをはぎ取っていたら、その下はどんな下着だったのか、
そんな想像をしただけで、久美の肉棒はさらに硬く、熱くなっていく。

「ッ……」

堪らなくなった久美は、硬く屹立した肉棒を握り、夢中で上下に動かし始めた。
最早、日常となってしまった――男としての行為。

「うぁ……く……」

痛いくらい反り返っている肉棒を、激しくしごきたて、思わずうめく。
我慢汁が肉棒に行き渡り、くちゅくちゅと、淫らな音が部屋に鳴り響く。

画面では、乱れた服装の後輩女が主人公の肉棒を咥えさせられていた。
画面の女が、あの女と重なる。もし自分が映像と同じように犯していたら、あの女はどんな反応をしたのか、その舌はどんな感触がしたのか。

「はっ……はっ……!」

久美の息がさらに荒くなる。女優が男優の肉棒を咥えながら激しく頭を動かす。
手の動きも画面の動きに併せるように、激しく速くなっていく。
肉棒を扱きたてるごとに、身体の奥から熱いモノが快感と共に昇ってくる。
やがて、腰がびくびくと震え、足がぴんと伸びる。

「うああ……ッ!?」

限界まで溜め込まれた熱い白濁が、身体を駆け抜ける。
頭が真っ白になり、次の瞬間には肉棒の先端から勢いよく噴き出した。
粘ついた白濁液が久美の掌と部屋の床を汚していく。

「うぁ……はぁ……はぁ……」

(また……やってしまったわ……)

荒い息のまま、久美は唇を噛んだ。
タンスの奥からあの段ボールを見つけてしまってから、彼女の日常に一つ変化があった。
最初は嫌悪した。だから、すぐにタンスの奥へと押し戻した。

しかし、ある日、久美はスマホをバイト先のロッカーに忘れて帰宅してしまった。
スマホに残した、かつての自分の写真を眺めながら自慰に興じる。
それが久美の日常のはずだった。

溜まった欲望を抱えたまま、久美はバイト先に戻ろうとした。
しかし、彼女は段ボールの中身の事を思い出してしまった。

初めは、中身を少し見るだけのつもりだった。
しかし、一枚確認したら、また一枚、そしてまた一枚と目を通していた。
気づいた時には、一枚のDVDをプレーヤーにセットしていた。

その日を境に、彼女の日常には新たな習慣が加わった。
バイト先から帰宅すれば、段ボールの中のDVDを吟味する。
それを当たり前のように繰り返す自分が、たまらなく気持ち悪かった。
まるで自分が少しずつ、この身体へ引きずられていくみたいで。

「あ……」

久美は荒い息のまま、再び画面の男女を見つめた。

既に衣服は無くなり、女優はその美しい裸体を晒し、男優の肉棒を受け入れていた。
あのユニフォームの下には、どんな下着が隠れていたのか。
制服を剥いだら、どんな肉体が現れたのか。
もし――挿入したら、どんな感触がしたのか。

想像は次から次へと膨らみ、久美の肉棒は惨めなくらい簡単に反応した。
気づけば、久美は再び肉棒を握りしめていた。
そして、迷うことなく扱き始めた。

「うあぁ……」

その後、何度果てたのか、久美自身も分からなかった。
空気のこもった部屋には、久美の体臭と精液の匂いが充満していた。
しかし、久美はそんなことなど気にも留めず、最後にはその場へ崩れ落ち、力尽きたように眠りに落ちた。

fin



この小説は当サークルの同人誌『入れ替わり依存』のアフターストーリーです。
本編はFANZAおよびDLSITEで販売しています。